「無心になれない」で諦めないで。歩行瞑想の本当の目的とは?
歩行瞑想に「無心」は必要ありません
瞑想と聞くと、「何も考えず、心を無にするもの」というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。座ってじっとするスタイルの瞑想に挑戦して、「どうしても思考が止まらない」「雑念ばかりで集中できない」と感じ、苦手意識を持ってしまったというお話もよく伺います。
しかし、歩行瞑想は、必ずしも「無心になること」を目的とするものではありません。むしろ、思考や感情が自然に浮かんでくることを否定せず、それらに「気づく」という側面を大切にします。
この記事では、歩行瞑想の本当の目的は何なのか、なぜ「無心」にならなくても効果があるのかを、科学的な視点も交えながら分かりやすく解説いたします。「無心になれないから私には無理だ」と感じている方にこそ、ぜひ知っていただきたい内容です。
歩行瞑想の本当の目的:「今ここ」への気づき
歩行瞑想を含む多くのマインドフルネス瞑想の目的は、「無心になること」ではなく、「今この瞬間の体験に、意図的に、評価をせず注意を向けること」です。これは「マインドフルネス」と呼ばれる心の状態を育む実践です。
歩行瞑想においては、この「今ここ」への注意を「歩く」という身体的な行為に向けます。具体的には、足が地面に触れる感覚、一歩を踏み出す際の筋肉の動き、風が肌に触れる感触、周囲の音など、五感を通して得られる体験に意識を向けますのです。
私たちの心は、過去の後悔や未来への不安、目の前の出来事に対する評価など、常に様々な思考や感情にさまよいがちです。これらの思考の渦に巻き込まれている時、私たちは「今ここ」から離れてしまいます。歩行瞑想は、意識を意図的に身体感覚や周囲の環境に戻すことで、思考の自動操縦から抜け出し、「今ここ」にグラウンディングする練習なのです。
なぜ「無心にならなくてもいい」のか?科学的な視点
人間の脳は、安静時でも絶えず活動しています。これを「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼び、過去を思い出したり未来を想像したり、自己について考えたりする際に活発になります。思考を完全に止めることは、この脳の自然な活動を無理に抑え込むことに等しく、非常に困難で、かえってストレスになることもあります。
歩行瞑想では、思考が浮かんできてもそれを排除しようとはしません。むしろ、「あ、今、仕事のことが頭に浮かんだな」「この音に注意がそれたな」というように、思考や感情が「ある」ことに「気づく」ことを重視します。そして、気づいたら、自分を責めたり評価したりせず、静かに再び歩く感覚や呼吸に注意を戻すのです。
この「気づいて、戻る」というプロセスが、脳にポジティブな変化をもたらすことが分かっています。
- 前頭前野の活性化: 注意をコントロールする脳の領域である前頭前野(特に前帯状皮質など)が鍛えられます。これにより、思考に巻き込まれそうになった時に意識的に注意を切り替える力が養われます。
- 扁桃体の鎮静: 不安や恐怖といった感情を司る扁桃体の活動が落ち着く傾向が見られます。これにより、ストレス反応が軽減されます。
- デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の鎮静: 「今ここ」に集中する練習を重ねることで、 DMN の過活動が抑えられ、考えすぎや心配性が和らぐ可能性が示唆されています。
つまり、歩行瞑想の効果は「無心になること」ではなく、「浮かんできた思考や感情に気づき、それに巻き込まれずに注意をコントロールする力」を養うことによって得られるのです。思考がゼロにならなくても、その思考にどう向き合うかを変えることが、心の平穏につながります。
実践のヒント:「思考が浮かんできたらどうすれば?」
歩行瞑想中に考え事が浮かんできても、それは自然なことです。失敗ではありません。大切なのは、それに気づき、優しく注意を元の対象(歩く感覚など)に戻すことです。
- 思考に「気づく」: 「あ、今、夕食の献立を考えているな」など、思考の内容に気づきます。
- 評価しない: 「また考えてしまった」「集中できていない」と自分を責めたり、思考が良い・悪いと判断したりしません。ただ「思考が浮かんできた」という事実として受け止めます。
- 注意を戻す: 意識を再び、足の感覚、呼吸、周囲の音など、「今ここ」で感じている身体感覚や環境に向け直します。
この「気づいて、戻す」という練習を繰り返すことが、歩行瞑想の本質的な効果につながります。最初はすぐに注意が逸れてしまうかもしれませんが、根気強く繰り返すことで、思考に振り回されにくい、より穏やかな心の状態を育むことができるでしょう。
よくある疑問
Q: 無心になれないと、歩行瞑想は意味がないのですか?
A: いいえ、全くそんなことはありません。この記事で解説したように、歩行瞑想の目的は無心になることではなく、「思考や感情に気づき、今ここに注意を戻す練習」です。思考が浮かんできても、それに気づくこと自体が重要な実践であり、脳のトレーニングになっています。
Q: どれくらい続ければ効果を感じられますか?
A: 効果を感じ始める時期は個人差がありますが、数分でも継続することで、少しずつ心の変化に気づきやすくなります。例えば、歩いている間の感覚に以前より注意が向きやすくなった、考え事をしていても気づきやすくなった、といった変化です。毎日少しずつでも継続することが、効果を実感するための鍵となります。
まとめ:気づきを楽しむ歩行瞑想
「無心になれない」という理由で瞑想を敬遠していた方も、歩行瞑想は異なるアプローチを提供することをご理解いただけたかと思います。歩行瞑想は、思考を無理に停止させるのではなく、浮かんできた思考や感情に「気づき」、そして優しく注意を「今ここ」に戻すという、とても人間らしい練習です。
この「気づいて、戻る」プロセスを繰り返すことで、私たちの脳はしなやかになり、思考の渦に巻き込まれにくく、穏やかな心の状態を保ちやすくなります。
難しい技術や特別な状態を目指す必要はありません。まずは、一歩一歩の足の感覚や、呼吸、周囲の環境など、五感で感じられる「今ここ」に意識を向けることから始めてみてください。無心にならなくても、得られる豊かな気づきがあるはずです。ぜひ、気軽に歩行瞑想を毎日の生活に取り入れてみてください。