歩行瞑想中に考え事をしてしまう…どうすればいい?思考の受け止め方と手放し方
毎日の生活で感じるストレスや、頭の中を駆け巡る考え事に疲れを感じていませんか?「少し立ち止まって心を落ち着けたい」と思っても、座ってじっとする瞑想は苦手だと感じる方もいらっしゃるかもしれません。そんな方にとって、歩きながら心と体を整える歩行瞑想は魅力的な方法の一つです。
しかし、実際に歩行瞑想を始めてみると、「あれこれ考え事をしてしまって、なかなか集中できない」「これって本当に瞑想になっているの?」と感じる方も少なくありません。特に、悩みや心配事が頭に浮かんでくると、それに囚われてしまい、瞑想どころではなくなってしまう、という経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、歩行瞑想中に自然と湧き上がってくる思考とどのように向き合い、上手に手放していくかの具体的な方法を解説します。「歩くだけで効果があるの?」と半信半疑な方のためにも、思考を手放すことの科学的な意味についてもご紹介します。
歩行瞑想とは?基本的な考え方
まず、歩行瞑想の基本的な考え方をおさらいしましょう。歩行瞑想は、単なる散歩やウォーキングとは異なります。その目的は、「今、この瞬間の歩くという行為」に意識を集中することです。
座る瞑想が静止した状態での内省を深めるのに対し、歩行瞑想は動きながら注意力を養います。足が地面に触れる感覚、体のバランス、呼吸のリズムなど、歩くことに関連する五感の体験に意識を向けます。これにより、頭の中の「考え事」から離れ、「今、ここ」に心を落ち着かせることができるのです。
なぜ歩行瞑想中に思考が浮かぶのか?
「よし、歩くことに集中しよう!」と思っていても、すぐに今日の出来事や未来の予定、過去の心配事などが頭に浮かんでくるのは、ごく自然なことです。私たちの脳は、常に情報を処理し、思考を生み出すようにできています。
この思考を生み出す働きの大部分を担っているのが、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれる脳の領域です。DMNは、私たちが何か特定のタスクに集中していないとき、過去の出来事を思い出したり、未来を想像したり、自己について考えたりする際に活発になります。
歩行瞑想のように「何かに集中しよう」とする試みは、このDMNの活動を鎮静化させることを目指しますが、長年の思考習慣は強力です。そのため、意識を一点に集中しようとしても、DMNが活発になり、次々と思考が湧き上がってくるのは避けられない現象なのです。
思考を「手放す」とは?具体的な実践方法
重要なのは、思考が浮かんでくることを否定したり、「ダメだ」と責めたりしないことです。思考が浮かぶのは自然なことであり、問題ではありません。歩行瞑想における「手放す」とは、思考を「完全に消し去る」ことではなく、「その思考に囚われず、注意を本来向けたい対象(歩く感覚など)に戻す」ことです。
1. 思考に気づく
最初のステップは、自分が考え事をしているという事実に「気づく」ことです。例えば、「あっ、明日何をしようか考えているな」とか、「さっきの出来事を思い出しているな」のように、思考が浮かんでいることを客観的に認識します。これは「ラベリング」とも呼ばれます。思考の内容に深く入り込まず、ただ「思考が浮かんでいる」と気づく練習をします。
2. 思考を受け止める(判断しない)
気づいたら、その思考を良い・悪いと判断したり、抵抗したりせずに、ただ「そこにある」ものとして受け止めます。まるで、空に雲が浮かんでいるのを眺めるように、あるいは川を流れる落ち葉を見送るように、思考を眺めるイメージです。「考えてはいけない」と思うのではなく、「はい、思考が浮かびましたね」と静かに受け止めます。
3. 注意を歩く感覚に戻す
思考を受け止めたら、優しく注意の焦点を、本来の歩行瞑想の対象である「歩くことそのもの」に戻します。具体的には、以下のような感覚に意識を向けます。
- 足裏の感覚: 地面に触れる感触、地面を蹴る力、地面から離れる感覚。
- 体の動き: 脚が前後に動く様子、腕の振り、体の揺れ。
- 呼吸: 呼吸のリズム、息が鼻を通る感覚、胸やお腹の動き。
- 周囲の音: 鳥の声、風の音、車の音など、耳に入ってくる音。
- 体のバランス: 体がどのようにバランスを取っているか。
意識を戻す際は、強い意志で「無理やり集中し直す」というよりは、「あちらへ行っていた注意を、こちらへ優しく連れ戻す」という感覚で行います。
このプロセスの繰り返し
この「気づく → 受け止める → 注意を戻す」というプロセスは、一度や二度で終わるものではありません。歩いている間中、思考は何度も浮かび上がってくるでしょう。そのたびに、辛抱強く、そして自分自身に優しく、このステップを繰り返します。
これは、瞑想が「何も考えないこと」ではなく、「思考から離れて注意を今に戻す練習」であることを示しています。思考が何度も浮かんでくるのは、練習ができている証拠なのです。
思考を手放す練習の科学的根拠
歩行瞑想中に思考から注意を戻す練習は、単なる気分転換ではなく、脳機能にも良い影響を与えることが科学的に示されています。
- 前頭前野の活性化: 意図的に注意を特定の対象(歩く感覚)に戻すという行為は、脳の「前頭前野」という領域を活性化させます。前頭前野は、注意のコントロールや自己制御に関わる部分であり、ここを鍛えることで、思考に囚われにくくなり、集中力が高まることが分かっています。
- デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の鎮静: 前述したように、思考が活発なときはDMNが働いています。注意を「今、ここ」に意図的に向ける練習を繰り返すことで、DMNの過剰な活動が抑えられ、脳が休息しやすくなります。これにより、不要な心配事や堂々巡りの思考が減り、精神的なリフレッシュに繋がります。
- 脳の神経可塑性: 脳には「神経可塑性」という性質があり、繰り返し行う思考パターンや行動によって、脳の構造や機能が変化します。歩行瞑想で思考から注意を戻す練習を続けることは、脳の「注意を制御する回路」を強化し、思考に囚われにくい脳へと変化させていくと考えられています。
このように、歩行瞑想中に思考を観察し、注意を戻す練習は、脳の機能改善に繋がり、結果としてストレス軽減や集中力向上といった効果をもたらすと考えられています。「歩くだけで本当に?」という疑問は、「歩くことへの注意を練習することで、脳の働き方が変わる」という科学的な根拠によって裏付けられています。
よくある疑問
Q: 全く考え事をしないのは不可能ですか?
A: はい、人間が全く考え事をしない状態を長時間保つことは、非常に難しいか、あるいは不可能に近いでしょう。歩行瞑想の目的は「無になること」ではなく、「思考が浮かぶことに気づき、それにとらわれず、今に注意を戻す練習をすること」です。思考が浮かんでくるのは自然なことと受け止めてください。
Q: 特定の悩みについてどうしても考えてしまいます。どうすればいいですか?
A: 特定の悩みは、特に強く注意を引きつけます。そのような思考が浮かんだときも、まずは「ああ、今この悩みについて考えているな」と気づき、その思考を判断せずに受け止めます。そして、意識して足の感覚や呼吸に注意を戻す練習を繰り返します。もし、どうしてもその悩みから離れられない場合は、無理に抑え込まず、一度立ち止まってその悩みについて考える時間を持ち、その後改めて歩行瞑想に戻るという方法も有効かもしれません。重要なのは、自分に厳しくなりすぎないことです。
Q: どうしても集中できず、ずっと考え事をしてしまいます。
A: 全く問題ありません。瞑想の練習を始めたばかりの頃は、誰でも思考に流されやすいものです。大切なのは、何度思考に流されても、そのたびに気づき、優しく注意を戻そうとすることです。この「注意を戻す」という行為こそが、まさに瞑想の練習そのものです。短い時間(例えば5分)から始めて、思考に気づく回数を増やすことから始めてみましょう。完璧を目指さず、継続することが重要です。
まとめ:思考との新しい向き合い方
歩行瞑想は、日常の中で簡単に始められるマインドフルネスの実践法です。歩いている最中に考え事が浮かんでくるのは、あなたが特別なのではなく、脳の自然な働きによるものです。
思考が浮かんだら、
- 気づく: 「考え事が浮かんでいるな」と客観的に気づく。
- 受け止める: その思考を良い・悪いと判断せず、ただ受け流す。
- 戻す: 注意を歩く感覚、呼吸、周囲の音など、「今、ここ」の体験に優しく戻す。
このシンプルなステップを繰り返すことが、歩行瞑想中に思考を手放し、心を落ち着かせるための鍵となります。この練習は、思考に囚われやすい状態から、思考を客観的に観察し、注意を自分でコントロールできる状態へと、あなたの脳を少しずつ変化させていくでしょう。
完璧を目指す必要はありません。一度の歩行瞑想ですべての思考が消えるわけではありませんし、それは目標でもありません。思考が浮かんでくるたびに、それに気づき、注意を戻そうとする、その「努力」の積み重ねこそが、あなたの心と脳を鍛え、日々のストレスを軽減し、今をより豊かに生きる力に繋がっていくのです。ぜひ、今日の散歩から、少しだけ意識を変えて歩いてみてください。